試し読み2「糞ゆとり作家、爆誕」

*これは3/22発売予定『拝啓、本が売れません』(額賀澪/KKベストセラーズ)の試し読みです。

自分の本が本屋に並んでなかったときの衝撃といったらない。

自宅から徒歩二十分のところにある書店を、私は買い物のついでによく訪ねる。先日から改装工事が始まって、一体店の中がどうなるのか楽しみにしていたのだが、リニューアルオープン後に足を踏み入れて驚愕した。

小説の単行本コーナーが小さくなった。以前の半分になった。書店の棚に割り当てられていたスペースが小さくなったということは、その分収められるべき本の数が減るということだ。この本は売れてるとか、この作者は人気があるとか、版元からプッシュされているとか。残る理由のある本は棚を勝ち取り、残る理由のない本は撤去される。書店の棚は戦場だ。

私が探していた本は、まさにその「残る理由のない本」として棚から姿を消していた。

単行本の棚が減っても、書店の敷地は変わらない。単行本の棚が狭くなった分、どこかの棚が広くなったということだ。憤りを感じながら店内を闊歩していたら、見つけた。単行本の棚の代わりに広くなった棚を。そこには今日、一緒に書店まで来た同居人の姿もあった。

「見て見て、ラノベの棚、めちゃくちゃでかくなってます!」

私の同居人は大学時代の同級生である。卒業してからずっと同じアパートの一室で生活を共にしている。この本の中では《黒子ちゃん》という名前で書こうと思う。

ライトノベル作家を目指して日々執筆に勤しむ黒子ちゃんからしてみれば、行きつけの書店のラノベの棚が大きくなったのは嬉しいに決まっている。私がラノベの棚の代わりに単行本の棚が縮小されたことを伝えると、黒子ちゃんは苦笑いしつつ、新刊のラノベを両手に抱えた。

「そう怒らないでくださいよ。もしかしたら額賀さんの本、全部売れたのかもしれないじゃないですか?」

黒子ちゃんはいつもいつも、そんな脳天気で腹の立つ慰めを方をする。執筆が上手く行かないとき、担当編集から大量の修正を命じられたとき、プロットや原稿がボツになってそれまでの作業がすべて無駄になったとき。「まあまあ、気を落としちゃ駄目ですよ」と私の肩を叩くのが黒子ちゃんの仕事だ。

「それ、本心から言ってる?」
「返本されたんじゃないかなっていうのが本音ですけどね」
「よーくわかってるじゃない」

売れなかったのだろうか。額賀澪の本は、この店の売り上げになんら貢献できなかったのだろうか。棚に置いておいても邪魔な一冊だったのだろうか。棚を縮小するとなって、いの一番に撤去されるような本だったのだろうか。

レジへと向かう黒子ちゃんを見送り、未練がましくまだ単行本の棚の前をうろうろする。

本好きにとって、本屋は当然楽しい場所だ。大量の本が所狭しと並べられて、新刊が平積みされて、手描きのPOPが花畑みたいに並び、まだ読んでいない面白い本と出合うことができる。

今も変わらずそう思っているけれど、二〇一五年の六月から、本屋はただの楽しい場所ではなくなった。本屋に行くたびに、楽しさと同じくらいの恐怖を感じるようになった。
私が作家デビューをしたからだ。

* * *

みなさん、初めまして。私の名前は額賀澪といいます。

一九九〇年(平成二年)生まれ、ごりごりのゆとり世代。二〇一五年に松本清張賞と小学館文庫小説賞という二つの新人賞を受賞して、作家デビューしました。出版界の荒波に揉まれながら、何とか今日に至るまで消えることなく小説を書き続けています。

バブル経済が崩壊した頃に生を受け、物心ついたときには消費税はすでに導入されており、ソ連も東西ドイツも存在せず、日本中とりあえず不景気不景気不景気……の人生を歩んできた。スーパーファミコンと大学入試センター試験と浅田真央さんと同い年。頭が悪くて積極性がなくて協調性がなくて目上の人を敬う気持ちがなくてやる気も根気もない、「ゆとり、ゆとり」と揶揄されながら生きてきた世代です。

そんな日本の悪いところを詰め込んだかのように言われる《ゆとり》の一人ですが、紆余曲折あって小説家という仕事をしています。書店で本を買い求める読者であると同時に、書店の棚に自分の名前が記された本の並ぶようになりました。

私のデビューは二〇一五年の六月。又吉直樹さんが『火花』で芥川賞を受賞する、少し前。

とにもかくにも、今、本は売れない。どんな出版社の社員と話をしたって必ず出てくる。「本が売れない」「本が売れない」「本が売れない」「本が売れない」……!

本が売れない出版業界において、多分私は最下層にいる。底辺も底辺、もしかしたらまだスタートラインから前に進めていないのかもしれない。デビューして二年と少し。本だってまだ十冊も出していない。世間の誰もが知っているような大ヒット作も出していない。自分の作品が映画やドラマやアニメになったこともないし、直木賞や本屋大賞といった大きな賞も取ってない。

読書が好きになった小学生の頃の私は、小説家なんて職業に就いている人は、世間がお金とか売り上げとか数字とか利益とかコストパフォーマンスに振り回されて白目を剥いているのを冷ややかに見つめながら、

「僕達の作るものはそういったものとは無縁だから」
「文学をお金に換算するなんて実に愚かだ」
「自分の本の売り上げを気にするなんてナンセンスだね」

そう思っているものだと考えていた。
しかししかし、現実は違う。むしろ正反対だ。私のような出版界サバイバルピラミッドの底辺にいる作家なんて、そこいらの営業マンより余程売り上げと数字と実績にがめついのだ。

実績を出さなきゃ、いずれ死んじゃうのだから。

* * *

この本は、平成生まれのゆとり作家が出版業界を生き抜くべく、さまざまな場所へ出向き、さまざまな人と話をし、一冊でも多く自分の本を売って作家としての寿命を延ばすべく右往左往するお話です。

新人作家の悪あがきを楽しんでもらえたら嬉しい。
この一冊の中に、本の売れない出版業界の起死回生の一手が潜んでいたら更に嬉しい。
自分もつい数年前まで作家志望だったから、作家を目指す人に創作のヒントやデビュー後の心構えなどを指南できたら、ちょっと誇らしい。
出版業界に進むことを目標にしている就活生がいるなら、もしかしたらちょっと役に立つかもしれない。

それでは、しばしお付き合いください。

 

(『拝啓、本が売れません』 序章「ゆとり世代の新人作家として」より一部抜粋)