試し読み5「担当累計6000万部突破の編集者」

*これは3/22発売予定『拝啓、本が売れません』(額賀澪/KKベストセラーズ)の試し読みです。

八月に入ってから梅雨のような雨が降り続き、なかなか快晴が臨めないまま日本は終戦記念日を迎えた。

その日もやはり雨だった。しかも傘を突き破ってきそうなほどの豪雨だった。

嵐の中、額賀が足を踏み入れたのが株式会社ストレートエッジのオフィスだ。市ヶ谷駅から徒歩十分少々。靖国神社にほど近いビルの二階。

通してもらった会議室には、ポスターが飾られていた。

その年の二月に公開され大ヒットした『劇場版 ソードアート・オンライン ―オーディナル・スケール―』のポスターである。原作は川原礫さんの『ソードアート・オンライン』(電撃文庫)。VR(仮想現実)ゲームの世界で繰り広げられるこの物語は、コミックにもなり、アニメにもなり、ゲームにもなり、映画にもなった。累計発行部数は日本国内だけで一三〇〇万部を突破し、シリーズ第一巻はすでに一〇〇万部を超えている。しかも、ハリウッドでのテレビドラマ化まで決定しているのだ。

こうやって凄い点を挙げれば切りがないが、この原稿を書くにあたって私が一番唸ったのは、電撃文庫公式サイト内にある『ソードアート・オンライン』の作品紹介ページが、日本語と英語に対応していたことだ。これが『ソードアート・オンライン』という作品の大きさなのだなと思い知らされた。

出先から帰社する最中に渋滞に巻き込まれて少し遅れてやって来た人物は、ずぶ濡れだった。
そのずぶ濡れの男性編集者を、私は半口を開けて、多分、もの凄く間抜けな顔で見ていたと思う。

その人の名前は、三木一馬。

現在は株式会社ストレートエッジの代表取締役を務めているが、かつてはアスキー・メディアワークスの電撃文庫編集部で活躍していたライトノベル編集者だ。『灼眼のシャナ』はもちろん、鎌池和馬さんの『とある魔術の禁書目録』、先に挙げた『ソードアート・オンライン』、伏見つかささんの『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』といった大ヒット作品を世に送り出してきた編集者。

そして私が初めて名前を記憶した編集者でもある。

三木さんが担当した作品の発行部数は、なんと累計六千万部を突破している。六千部じゃなくて、六千万部である。ちなみに、私がデビューからこれまで出してきた本(単行本六冊、文庫本一冊)の累計発行部数は、十一万七千部だ。その凄さをご理解いただけると思う。

『屋上のウインドノーツ』文庫化に伴いぶち当たった「文芸とラノベの違いとは?」「何故ラノベは売れるのか?」という疑問を解消するために、取材相手として三木さん以上の人はいなかった。

 

(『拝啓、本が売れません』 二章「とある敏腕編集者と、電車の行き先表示」より一部抜粋)