取材のこと

「吹奏楽の星」の取材に加わって

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吹奏楽小説を書きました

昨日の早朝に、一本の小説が書き上がりました。2017年は、ほとんどこの小説のためにあったといっても過言ではない作品です。なので、書き終わってしまうことが寂しいような、惜しいような、そんな不思議な気持ちが達成感と共に天井から降ってきました。

その小説は、デビュー作『屋上のウインドノーツ』以来の吹奏楽をテーマにした長編小説です。
この調子で進めば、来年の前半にも、本として刊行できるかなと思っています。

さて、吹奏楽小説を書いたので、もう少し吹奏楽について書きたくなってしまいました。
なので、12/8に発売された「吹奏楽の星」(朝日新聞出版)について、書こうと思います。

「吹奏楽の星」との初仕事

私が「吹奏楽の星」と初めてお仕事をしたのは、デビュー直後の2015年秋です。デビュー作『屋上のウインドノーツ』が吹奏楽小説だったため、「吹奏楽の星」にエッセイを書かせていただきました。
その後は一読者として毎年刊行を楽しみにしていたのですが、今年の9月に行われた吹奏楽作家・オザワ部長主催の「オザワ部長のあるある吹奏楽部~吹奏楽ファン交流会~」で、「吹奏楽の星」編集部の方とご挨拶をしました。

「私、作家とは兼業でフリーライターもやってるので、いっそライターとして使ってください!」
編集さんにそんな営業をかけました。
「え! 学校取材できますっ?」
「できますできます! むしろフリーライターの仕事は学校関連ばっかりです! お任せください!」

当時、すでに私は新作の吹奏楽小説のプロットを書き上げ、細部を煮詰めるための取材を繰り返している最中でした。
取材といっても、行きたい場所にほいほいと行って好き勝手に取材できるわけでもありません。というかそんな当ても持っていないのです。
私はデビューこそ吹奏楽小説でしたが、初野晴さんの〈ハルチカ〉シリーズや武田綾乃さんの『響け!ユーフォニアム』のような映像化作品でもないし、中沢けいさんの『楽隊のうさぎ』や津原泰水さんの『ブラバン』のような長年にわたって読み継がれているような人気作品というわけでもなく、吹奏楽小説を書く作家というイメージもないただの若手作家です。
なので、一つ一つの小さな出会いを積み重ねながら(もっと正確に言うなら、手に入れたコネは死んでも離さないつもりで)小説を書いていくしかありません。

そんなこんなで交流会で営業をかけた結果、なんと本当に「吹奏楽の星」の取材ライターとして仕事をすることになりました。

取材先は、福島県いわき市の強豪校・福島県立湯本高校吹奏楽部です。
詳しくは「吹奏楽の星 2017年度版」を読んでいただきたいのですが、文字数の関係で書けなかったことがたくさんあるので、取材裏話という形でここに書かせてください。

吹奏楽大国・いわき市へ

福島県いわき市といえば、長きにわたり日本の産業を支え続けていた「常磐炭田」、日本三古温泉に数えられる「いわき湯本温泉」、そして「フラガール」。しかし、「吹奏楽」も実はいわき市の大きな文化の一つです。市内には湯本高校以外に、磐城高校、平商業高校と、全日本コンクールの常連校が存在し、今年のコンクールでは東北代表の座をいわき市の高校が独占しました。高校だけでなく、中学校も強豪揃いです。

上野駅から特急「ひたち」に揺られて湯本駅に降り立った私と「吹奏楽の星」編集部のTさん、カメラマンのOさんが向かったのは湯本高校ではなく、近くにある常磐市民会館でした。

1967年に開館したこの市民会館には、座席数1108の立派なホールがあります。古びた椅子や「いろはにほへと」で振られた座席番号から、その歴史が感じられます。

「古いけど、いわき市内の学校の生徒さんが部活の練習や学校行事でたくさん使ってるんです。この時期は吹奏楽部の子達が毎日のように練習してますね」
職員の方がそのようにおっしゃってました。

このときの練習のことは「吹奏楽の星」でも詳しく書いたのですが、実はこの日、湯本高校吹奏楽部は市内の別の場所で演奏会をし、午後から市民会館でコンクールへ向けた練習をすることになっていました。

午前中の演奏会におうちの都合で参加できなかった生徒が一人、一足先に市民会館にやって来ました。トロンボーンパートの女の子でした。
会場の下見をしている私達に挨拶をして、そこから黙々とトロンボーンを吹いていました。予定が押して吹奏楽部の皆さんが到着するのが遅くなってしまったので、彼女は多分、2時間くらい一人で黙々とステージの上で練習をしていたと思います。

「ずーっと一人で練習してますよ、彼女」
それを客席で眺めながら、カメラマンのOさんがそう言っていたのを私はよく覚えています。
「もうだいぶ仕上がってますねー。いつ合奏始まってもいいって感じ」
ホールの歴史を感じさせる座席に腰掛けて、私もそう言いました。
「別にサボってても私達以外誰も見てないのに、偉いよなあー偉い、わたしぁ彼女の後ろ姿だけで泣けてきますよ」
そう続けたら、仕事熱心なOさんはもう側にいませんでした。完全な独り言になりました。
昔はそうでもなかったはずなのに、25歳を過ぎたあたりから涙もろくなりました。高校生が頑張る姿には、特に弱い。もう勝ち目がありません。

自分が現役の吹奏楽部員だったら、どうしてたかなあ、と思います。誰もない場所で2時間も黙々と練習できたかなあ、と。
「できるできる、やるやる!」と言いつつも、1時間ほどで飽きてしまうような気がします。

彼女が気になって、私は練習中の何度か彼女に話しかけました。脇目もふらずに練習していた彼女でしたが、見ず知らずのフリーライターの質問に気さくに答えてくれました。

その後、演奏会を終えた吹奏楽部の皆さんと顧問の小山田先生がホールにやって来て、練習は始まりました。90人もの部員達が私達に次々挨拶をするものですから、カメラマンのOさんが唖然としていました(笑)。
そうそう、吹奏楽部ってこうなんだよなあ。高校生ってこうなんだよなあ。微笑ましく思いながらも、内心は私も高校生のパワーに圧倒されていました。

ステージ裏から響く音

ホールでの練習中、合奏が止まると、遠くから別の音が聞こえてきました。トロンボーンだったりクラリネットだったり、さまざまな音が。
はてさて何だろうなと思い、コンクールメンバーの練習の取材を一旦抜けて、ステージの裏へ探索に出かけました。

常磐市民会館のホールは古いながらもとても立派です。楽屋がいくつもあり、浴室まで完備されていました。職員の方曰く、「昔、ここにドリフが来たんです、ドリフ!」とのことです。確かに、ここならドリフもできるなあ、と私は楽器の音の出所を探して裏方へ潜入しました。

たいして探索しなくても、音の正体はすぐにわかりました。楽屋の中では、コンクールメンバーではない部員達が各々の課題に取り組んでいて、その音がステージまで漏れ聞こえていたのです。楽屋の丸椅子に座って、畳の上に正座して、鏡で自分の動きを確認したりしながら、練習していました。邪魔もするのも悪いので簡単な質問だけをして早々に退散しました。

改めて客席に戻ってコンクールメンバーの練習を見学すると、やはり、先生が合奏を止める度に、裏から音が聞こえます。コンクールメンバーではない部員達の、恐らくコンクールメンバーになれなかった部員達の、音が聞こえます。

こんな音が背中から聞こえてくるんだから、聞こえるんだから、そりゃあ、頑張るよな。

座席に腰掛けて、そんなことを私は思いました。勝手 に思って勝手にしみじみとして、「ああ、これ小説に書こう。絶対書こう」と勝手に決心しました。

 

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『屋上のウインドノーツ』


吹奏楽という「風」に乗り、真っ青な空に向かってどこまでも上昇していくような青春物語――『屋上のウインドノーツ』とそれを生み出した額賀澪さんにブラボー!

吹奏楽作家・オザワ部長(文庫版解説より)


 

給前志音は、《みんな》と繋がることができない。幼馴染みの何でもできる親友の影に隠れて、こそこそと生きてきた。
しかし、独りぼっちで進学した高校の屋上で、志音は吹奏楽部の部長・日向寺大志と出会う。

 

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