試し読み6「店頭からベストセラーを生み出す書店員」

*これは3/22発売予定『拝啓、本が売れません』(額賀澪/KKベストセラーズ)の試し読みです。

盛岡駅で昼食に蕎麦を食べた。天ぷら蕎麦にサイダーがついた「宮澤賢治セット」なる謎のメニューをワタナベ氏と揃って注文し、今日の取材の作戦会議をする。

「宮澤賢治にあやかって、この本も売れるといいですねえ」
「この本だけといわず、額賀の出す本すべて売れてほしいっす」

宮澤賢治セットの天ぷら蕎麦は美味かった。宮澤賢治の要素ははてどこに? と思ったが、賢治は天ぷら蕎麦とサイダーを一緒に注文して食すのが好きだったらしい。

「あ、ワタナベ氏、賢治の本が売れたのって賢治が死んでからです」
「なんと! そういえばそうですね」
「私は生きているうちに売れたい! 死後評価されても意味ない!」
「僕だって自分が編集した本には生きているうちに売れてほしいですよ」

そうだ。二人で遙々盛岡に来たのは、前回同様「本を売るにはどうすればいいか」を探るためだ。

何故、東京から遠く離れた盛岡なのか?
その答えは、盛岡駅に直結する駅ビル「フェザン」の中にある。

「初盛岡、初さわや書店。これは記念すべき日です」

さわや書店は、岩手県盛岡市に本社があり、盛岡市内を中心に店舗を展開する老舗書店チェーンだ。

近年ではタイトルや著者名、出版元を伏せて本を売るという「文庫X」という取り組みが非常に話題になり、さわや書店からチェーン店の垣根を越えて全国へと広がっていった。こういった大きな取り組みばかりがメディアには取り上げられるが、さわや書店の面白さは、実際の店舗に行くとわかる。

私達が尋ねたフェザンには、さわや書店が二店舗入っている。フェザン店とORIORI produced by さわや書店だ。

フェザン店は書店員さんの手書きPOPが店中にあふれている。機械で印刷されたPOPの方が少ないという、珍しい書店だ。その迫力は、ぜひ直に見て体験してほしい。

ORIORI produced by さわや書店(通称・ORIORI店)は、フェザン店と比べると新しくシンプルな店舗だ。しかし、例えば文芸書の棚へ行くと、棚に差す著者の名前が書かれた札の代わりに、著者の顔写真とプロフィールの入ったパネルが飾られている。床に目をやると、特設コーナーへ私達を誘導する矢印が点々と店の奥まで続いていた。

今日取材するのは、そんなORIORI店の店長・松本大介さんである。

外山滋比古さんの『思考の整理学』(筑摩書房)、相場英雄さんの『震える牛』(小学館)、黒野伸一さんの『限界集落株式会社』(小学館)などがベストセラーとなるきっかけをきっかけを作った、出版業界がその動向を常に注目する書店員の一人だ。

前回は編集者という作り手側の目線から「本を売る方法」を探ったが、今日はその本を実際に読者へと送り出す書店員の目線に注目したい。

書店から数多くのベストセラーを生み出したさわや書店、そして松本さんという存在は、もってこいだった。

「やっぱりね、作家さんの顔がわかると親近感が湧くと思うんですよね」

著者の顔写真が並ぶ棚の前で、松本さんはそう語った。

「お店のアルバイトの子に『現代作家の名前、誰でもいいから挙げてみて』って聞いたらね、大体三人くらいしか出てこないの。伊坂幸太郎さん、東野圭吾さん、有川浩さんとか。そんなもんなんですよね。だから店頭で顔と名前と略歴がわかるようにできたらお客さんも覚えやすいかなと思って、こういう棚作りを始めたんです。本屋が楽しい場所になれば、人は絶対に来ると思うんで」
「いいですねえ、素晴らしいっす! 最高です」

何故額賀こんなに上機嫌なのかというと、自分のパネルもしっかり展示されていたからだ。すべての作家がパネルを作ってもらえているわけではない。隣は羽田圭介さん、上には中村文則さん。他にも名だたる作家陣のパネルが並ぶ中、私の名前はむしろ実績がなさ過ぎて浮いているようにも見えた。

「ちなみに、パネルを作る作らない基準とは……」
「僕の趣味です」

私がその日初めて会った松本さんを大好きになったのは言うまでもない。ちなみにワタナベ氏は自分が担当した本が大展開されていてホクホク顔だった。

 

(『拝啓、本が売れません』 三章「スーパー書店員と、勝ち目のある喧嘩」より一部抜粋)