試し読み7「Webに助けを求めることにした!」

*これは3/20発売予定『拝啓、本が売れません』(額賀澪/KKベストセラーズ)の試し読みです。

二〇一六年十二月。私とワタナベ氏は渋谷にいた。

クリスマスの装飾でキラッキラのびっかびかに輝く渋谷ヒカリエの一階で待ち合わせし、店先のサンタクロースに対して「こちとらクリスマスが〆切だバカヤロー!」と毒づきながら、とあるビルに向かっていった。

渋谷の一等地にあるビルの上層階。そこに株式会社ライトアップという会社はある。出版社ではない。編集プロダクションでもない。もちろん書店でもない。

ここはいわゆる、IT企業というやつである。

あのサイバーエージェント社のコンテンツ部門にいたメンバーが中心になり設立された会社で、老舗のメルマガ編集会社だ。

私とワタナベ氏は、メルマガの編集を依頼しにここに来たわけではない。

「本を売るにはどうすればいいか」を探る旅も中盤戦。これまで編集者、書店員と、出版業界の中にいる人々に話を聞いてきたが、ここいらで一つ、外の世界へ飛び出してみようということになった。

しばらくして会議室に現れたのは、ライトアップでWebコンサルタントとして働いている大廣直也さんである。

「僕、出版業界のことはてんでわかりませんけど、いいんですか?」

挨拶も早々にそう言った大廣さんに、とりあえず私とワタナベ氏は出版業界が置かれた現状を手短に、そして熱く聞かせた。概ねこの本の中でこれまで書いてきたことである。大廣さんがこの先、出版業界に転職して来ることはないだろう。

「……というわけで、こんな泥舟の出版業界ですけど、私はまだデビュー当時から恵まれてる方なんですよ。恵まれてる方なはずなのに今やもう死にかけですよ」
「そうなんですよ。額賀さんはこの間のドラフトで言ったら清宮ですよ、文壇の清宮!」
「そうそう、私、清宮!」
「清宮がプロ入りしたら二年で戦力外通告目前なんですよ、これはやばいです。額賀さんじゃなくても誰だって何とかしようと思いますよ」
「戦力外通告はされてないもん!」
「……じゃあ二軍落ちで!」
「戦力外通告の方が面白いから戦力外通告でいいです……」

というわけで、戦力外通告・額賀は今日、Webを使ったマーケティングやプロモーションについて勉強するために、大廣さんの元へやって来た。大廣さんも事の深刻さを理解してくれたらしく、すぐにこんな話を始めた。

「マーケティングの話をする上で、プロダクトライフサイクルというのがあるんです」

早速大廣さんの口から飛び出したカタカナ用語に、私とワタナベ氏は「ほう……ほう?」と眉間に皺を寄せた。

「要するに、その商品が売り出されて、人気が出ていって、そのあと徐々に衰退していき、最終的に市場から姿を消すまでのプロセスのことです」

会議室のホワイトボードに、大廣さんはグラフを書いた。一つの商品の寿命を「導入期」「成長期」「成熟期」「衰退期」の四つで区切り、今その商品がどの段階にあるのかでプロモーションの仕方も変わっていくということだ。

「とりあえず、作家としての額賀さんはこのプロダクトライフサイクルにおける『導入期』と考えていいでしょうか?」

「いいです! それ以外の何者でもありません!」

「例えば商品が売り出されたばかりの『導入期』なら、その商品のニーズを探ることが重要になるんです。そのためにテストマーケティングというのをやるんですよ。バナー広告とか、リスティング広告とかですね」

バナー広告とは、我々がWebサイトを開いたときに表示されるアレである。クリックすると広告主のホームページやショッピングサイトに飛ぶ、アレ。

リスティング広告とは、我々が検索エンジンでキーワードを検索した際、検索結果と共に表示される広告のことだ。「水道 壊れた どうしよう」と検索すると水道修理会社のホームページが出てきたりするやつである。

「あの手の広告って、純粋に宣伝のために表示されてるだけじゃなくて、マーケティングのテストでもあるんですか?」

私の質問に、大廣さんは「そうですそうです」と頷いた。

「普段、皆さんがパソコンやスマホで何気なくネットを使っていても、我々の元にはその人がどこに住んでいるか、何歳くらいか、どういう趣味趣向を持っているかなどが、データとして蓄積されていますから。どの地域のどんな人がテストマーケティングとして表示させた広告に反応したのか、私達は調べることができます。もし特定の地域や年齢層にその広告がヒットしたとわかれば、そのターゲットに重点的に広告を表示させるんです。広告が響くかもわからない不特定多数の人に届けようと努力するよりよほど効果的だし、お財布にも優しいでしょう?」

出版の世界から飛び出しても、《ターゲットを明確にする》というキーワードが出てきた。

「ちなみに、『この商品は○○という地域に住む○歳くらいの人に届けたいものだ』とターゲットが見えていれば、その条件に該当する人に広告を表示させることもできます」

「Webって凄いっすね……」

小学校低学年の頃からパソコンを使った授業があった平成生まれの糞ゆとりといっても、まだまだ知らないことばかりだ。

「Webの良さは、新聞広告とかと違って、まずは実験的に小さな規模で始めてみて、一番効果があるものに対して予算をつぎ込んで拡大させることができる点ですね。効果がなかったらやめる、というトライ&エラーが可能なので」

「新聞広告とか雑誌広告は、一度出してしまったらたとえ効果がなかったとしてもどうしようもないですからね」

ぶっちゃけ、お金も結構かかるし。苦笑いを浮かべながら、ワタナベ氏も頷く。

確かに、新聞広告も雑誌広告も狙いが当たれば上手く行く。新聞を読む層、その雑誌を読む層と広告が掲載された商品がマッチしていれば、効果は出る。もちろん出る。

しかし、トライ&エラーができるという点はWebの大きな強みだ。

 

(『拝啓、本が売れません』 四章「Webコンサルタントと、ファンの育て方」より一部抜粋)